ブッダガヤ母子保健プロジェクトについて
波多野あき子(保健士)
『みなさん、ただいま~!!』里帰りのような2度目のブッダガヤ訪問。2年ぶりです。大歓迎していただき、懐かしさといとおしさでいっぱいになりました。
このプロジェクトは、「何かを提供してあげるだけの支援ではなく、現地の人たちが、自分たちの力で問題点を見いだし、自分たちの力で、解決できる力をつけることを目指して、そのための支援をする」ということを理念にして2010年12月からスタートしています。
これまでの活動
2年前の第1回目では、現地の学校の女性教師の方々に、集まっていただき、このプロジェクトのコアになっていただけるよう、話し合いました。また、赤ちゃんの体重の測り方、母親の血圧の測り方などを覚えていただき、妊娠・出産についての知識をもっていただきました。
その他にも、村の母親たちに集まっていただき、健康に妊娠して出産するために必要なことなどをお話しさせていただきました。
現地では、女の子は13歳ごろ、生理が始まると、学校をやめて、親の決めた人と結婚させられてしまいます。まだ幼いので、流産や死産も多いと言います。
私がその時、気になったのは、赤ちゃんが亡くなって悲しくない女性はいないのに、悲しいとか、このままでは嫌だとか、そういう表現をする女性がほとんどいないことでした。
今回の活動
素晴らしいことに、今は、コアメンバーたちが、1か月に2回、村で赤ちゃんの体重測定をし、必要に応じて相談に乗る、という母子保健事業を始めています。
さらに、今まで、出生日の記録も、出生体重も、妊娠何週で生まれたのかも記録がなかったので、母子手帳をつかった記録づくりを勧めていましたが、今回行くと、赤ちゃんのカルテを作成し、毎回、記録を残していました。伝えた種が、しっかりと芽をだし、活動が展開し、人が育っていました。
今回は、さらにステップアップして、記録の読み取りができるよう、体重増加のグラフを渡し、読みとり方を学んでいただきました。
活動のコアになる先生方の意識が大きく変わっていました。2年前は照れくさくて笑っていた先生方が、「自分は支援者だ」「専門家だ」というアイデンティティが育っていて、主体的に考え、動いています。避妊に関して、「卵管結擦術以外にも、避妊方法はある。コンドームの使い方も伝えていかなきゃ」という話題になった時も、「私たちからしっかりやらなきゃね」という発言も出てきていました。自分を変えよう、村を変えよう、女性の意識を変えようという姿勢が見られ、感動するとともに、力強いものを感じました。
これからの展望・計画(話し合い)
今回、何より有意義に感じたのは、コアメンバーと話し合って、これからの活動の展開について、共に計画を立て、以下のような活動の流れを作ることができたことです。
一点目は、人材育成です。コアメンバー全員が、ヘルスワーカー育成の研修会に参加して、知識と技術を身につけることを希望し、また他のNGOの活動を見学に行くことを決めました。
二点目は、この母子保健事業を広げるために、近隣の村の村長・ヘルスワーカー・産婆さん・アンガンワリーと、村で指導者になれそうな4~5人の男女を集めて、話し合いを持ち、各村で指導者を育てていくことです。
ブッダガヤで育った指導者が、近隣の村で指導者を育成するのです。なんと素晴らしいことでしょう。
インドでは、治療費を横領するナースがいる話も聞きましたが、知識と技術があればいいのではなく、精神性の高い医療者を育てる必要があります。医は仁術(じんじゅつ)であることを腑に落とし、他人への愛に生きること。肉体の治療だけではなく、心の癒しと人生の軌道修正をもたらすことが大事であることを学び、支援者としての自尊心と、使命感をもつ人材が育ってほしい、と強く願っています。
子どもたちが無事に生まれ、健康に育つためには、母親たちの意識改革が必要です。もっと自分たちを大事にする心が必要です。
7万人もの女性が自殺をするのは、女性の地位が低く、差別や虐待を受ける中で、自分を大切にする心を忘れ、あきらめてしまっているからです。デリーでは、抗議運動のデモなどがおこり、女性も人権が守られるよう主張する動きが始まっています。これから、女性のあり方、母親として、妻としてのあり方が問われてくる時代に入ってくるでしょう。
インドの女性たちが、自分を尊い存在として、大切にする心を取り戻してほしい・・・。神様・仏様の子である自分の体も心も大事にしてほしい。そのためには、もっともっとインドの女性たちを愛していきたいし、愛される経験をもっとしてもらいたいと願っています。
2012年5月 八田舞
ブッダガヤの有名なマハボディ寺院から車で5分ほど離れたのどかな場所にスーリヤ・バルティ・スクールはあった。夏期は40度超えの猛暑が毎日続くので、授業時間は早朝7時20分から12時まで。朝早くから子供たちは皆元気いっぱい。素直で元気な生徒ばかりでヒンディー語・英語・日本語のあいさつが飛び交う毎朝はとても気持ちがいい。私が教室に入ると、生徒のみんなは一斉に起立して大きな声で“おはようごさいまーす!!”と言ってくれた。元気いっぱいな生徒たちと、教育熱心な先生方に迎えられて私のボランティア生活がスタートした。
◎学校での授業の様子
英語・ヒンディー語・数学・日本語・コンピューターなど一日7クラス。みんな本当に元気いっぱいである。日本語のクラスのアシスタントをさせて頂いたが、ほとんどの生徒が日本語で自己紹介ができて驚いた。中には飛びぬけて日本語の上手な生徒もいて、日本語が大好きですと答えてくれた。それから、北インドの伝統的な踊りカタックダンスのクラスを見学。先生の歌と太鼓に合わせて踊る生徒たち。私も先生に誘われみんなと一緒にクラスに参加させてもらった。
◎給食の時間
待ちに待った給食の時間。一年生から順々に配膳された給食をみんな美味しそうに食べる。男の子たちは食欲旺盛なのでお皿にご飯が山盛り。
◎家庭訪問と村の様子
私は、以前ラジャスターン州のジャイプールとウッタラカンド州のデラドゥンのインドのNGOで働き、プロジェクトのため農村部に何度か訪問したが、ビハール州のブッダガヤ周辺の生徒の住む村は、今までで見た村の中で一番貧しい環境にあるという印象を受けた。ビハールは、腐敗した政治が過去に続いたため、治安が非常に悪い時期があった。そのため、現在インドで最も貧しい州として知られている。ほとんどの子供たちの父親は農業で大家族の生計を支えているが、収入は十分に得ることができず、生徒の中には満足に三食の食事がとれない生徒もいるという。ほとんどの生徒の家にはトイレはなく、水は手押しのポンプがある場所まで行き汲む。乾季には、水が地下から汲み上げられず水不足になる村も多いそうだ。日本に比べるとインフラストラクチャーは整っていないが、生徒の家の屋上から見た畑が広がる美しい景色に息を呑んだ。牛がのどかに歩く。近所の人たちはまるで家族かのように助け合って生活しているようだった。
◎母子保健
赤ちゃんの健康チェックのため、村のお母さんと赤ちゃんの訪問を行った。レイカ先生が赤ちゃんの体重測定とお母さんの血圧チェック等を行う。赤ちゃんの健康チェックを行う私たちを見たお母さんが次々に私の子供も診て欲しいとやってくる。生まれたての小さな赤ちゃんもいた。皮膚に問題がある赤ちゃんがいたので、病院に後日連れていくことになった。
2週間のボランティア活動で感じたことは、教育は子供たちの将来の可能性を無限大にするという事。笑顔で勉強する子供たちがそれを物語っている。将来、ここスーリヤ・バルティ・スクールで学んだ生徒たちが与えられた教育という機会を最大限に生かし、1人でも多く自分の将来の夢を叶え、貧しさや生まれたカーストをこえてインドの社会、又は世界で活躍することを期待している。
ブッダガヤにてボランティア活動中に大変お世話になった井上さんをはじめ、学校の先生方・スタッフのみなさんに大変感謝しています。ありがとうございました。
昨年の春、スーリヤ校の日本語指導ボランティアに行ってまいりました。
私は広島で日本語教師をしております朝辺です。いつかスーリヤ校へ日本語指導ボランティアに行きたいと思っておりましたが、昨年思い続けた夢が実現しました。
2週間もの間、お世話になりました皆様ありがとうございました。沢山の素敵な体験をさせて頂きましたので、少しお伝えさせて頂きます。
ブッダガヤに着いた次の日、学校はお休みでしたので、ゆきさんと校長先生の家庭訪問に同行させて頂くことになりました。
そこは一面畑が広がり土壁でできた家々の集落。外には子供たちが裸足で元気に遊び、すぐ傍にはのんびりと牛が寝そべっていました。お爺さんが草を牛の餌にするために大きな車輪のような釜で切っていたり、お医者様が自転車で巡回していたり、お姉ちゃんが下の兄弟の子守をしたり、頭に壺をおいて水汲みしたり、時間と空間が飛んだ景色に心地よさを覚えました。
そして女の子達が嬉しそうに私たちを家の中へと案内してくれて、熱いミルクたっぷりのチャイとお菓子でもてなしてくれました。部屋の隅にある土壁でできた自分の教科書が置いてあるコーナーにも案内してくれて、学校の教科書を嬉しそうに見せてくれました。子供たちは学ぶことに喜びを感じ、学校に行けることを誇りに思い、主に深い感謝の思いで一杯でした。
そしてこの集落に住んでいる他の生徒達も人懐こく集まって来て、一軒一軒みんなで回っていきました。どこの家庭も暖かく迎えてくださり、家には主のお写真が飾ってあり、笑顔で「エルカンターレ」とエルLサインをしてくれます。
この集落は学校から歩いて片道2時間往復4時間、子供たちは歩いて通っていたそうです。
しかし数年前にHappyScienceより中古のバスを援助してもらい、バスで通学できるようになったことで、生徒たちの通学の負担が激減し学業に専念できるようになったそうです。
次の日、私は学校初日を迎えました。生徒たちは毎朝始めにグランドで朝の朝礼とお祈りがあります。みんな真剣に祈っています。
子供たちは始めは遠くからチラチラと私を見ていましたが、朝礼が終わって教室に帰るときには笑顔で「ナマステ」と挨拶をしてくれました。
最初の日本語授業は可愛い1年生です。持参した絵カードを見せると、みんな大きな声で発話してくれてとっても元気な子供達でした。
それから休憩時間にグランドの隅にあるトイレに行った時、女子生徒たちが笑顔一杯で近寄ってきて話しかけてくれました。興味津津質問攻めです。
「名前は?家族は?歳は?」「歌を歌って。」「ダンスを踊って。」(歳??歌??踊り??キャーどうしよう!笑!)私は歌やダンスなど出来ないので反対に彼女たちに「ダンスを踊って。」とお願いしたら、彼女たちは恥ずかしそうにしながらも、楽しそうに笑顔でスカートの裾をもって踊って見せてくれました。本当に明るい素直な子供達です。
放課後、日本語がよくできる子供たちの特別クラスがありました。さすがにレベルが高くて、みんな真剣に聞いています。目が輝いています。中にはどんどん質問をしてくる積極的な生徒もいました。本当にみんな勉強が楽しくて大好きなんですね。
一つ悲しい出来事がありました。女子生徒が卒業を前にして、親が決めた結婚をさせられることになり、学校を辞めさせられたのです。いくら学校で男女が机を並べて学んでいても、インド社会ではまだまだ女性に対しての差別があり、女性の意見が言えない世界であることも否めません。早く女性も一人の人間として意見の言える社会になるよう願っています。
滞在中にホーリー祭がありました。
これはインドの春の訪れを祝うお祭りで、誰彼無く色粉を塗りあったり色水を掛け合ったりして祝うお祭りです。
いつもは礼儀正しい生徒達も無礼講で先生たちに色水を掛け合い、大人も抱腹絶倒我を忘れて子供に返った数時間を過ごしました。
そして最も思い出に残ったことは、主の御巡錫1周年記念パーティが開催されたことです。(なんとラクダも出席していました。。)
子供たちは主への深い感謝を現し、インドの素晴らしい伝統の舞を踊ってくれました。インドの文化を踏襲しつつ、新しいエルカンターレ文明を育む子供達は、世界へ羽ばたく光の天使になっていくことでしょう。
全ての子供たちが教育を受けることができ、それぞれの個性を伸ばし、光の天使としての素晴らしい人生を歩んでいけますよう、心より祈念し、また少しでもサポートさせて頂ければ幸せと思っています。
このような沢山の尊い経験をさせて頂きましたことを主に心より感謝申し上げますと共に、快く受け入れて下さったゆきさん・校長先生ほか皆様に感謝申し上げます。
もう一度、可愛い子供たちに会える日を楽しみにしています。ナマステ
朝辺泰子
日本語教師 ボランティア (ののちゃん)
日本語授業で、寝る~!笑う~!起きる~!走る~!
私は、スーリヤ校で約2ケ月、日本語の先生 のボランティアをしました。
生徒たちは、毎日元気いっぱいで、授業はいつも盛り上がっていました。
覚えた日本語を、毎日嬉しそうに私に言ってくれました。
そして、授業だけではなく、ダンスも一緒に楽しみました。
ご巡錫の日に阿波踊りを披露することになり、低学年の生徒と、毎日必死で練習。音楽が鳴り始めると、 みんな一斉に踊り始めます。ダンスが大好きなんです。阿波踊りのような、インドダンスのような、おちゃめで可愛いダンスタイムでした。
学校が終わった後は、井上如さんと一緒に、生徒の村へ家庭訪問に行きま した。生徒の家は、電気もないレンガや土の家でした。その中に、どの生徒の家にも、 主への祈りのポスターが貼ってあります。生徒だけではなく、家族の人達も毎日お祈りをしていることを聞き、とても感 動しました。
ある生徒は嬉しそうに、「いつも夜にこうやって勉強しているんだよ」と言って、マッチを擦ってランプをつけてくれま した。日本とは全く違う環境の中、今できることを必死でしている生徒たちの姿は、とても美しくみえました。
そして、優しくて純粋な生徒たちは、いつか必ず日本人の私たちと一緒にハッピーサイエンスの活動をしている、その リーダーとして、大きく活躍するのだろうな、と目に浮かびます。
将来が楽しみです!
ブッダガヤ母子保健指導プロ ジェクト
イ ンドで赤ちゃんが無事に生まれ、健康に育ちますように...
2010年12月、第一回ブッダガヤ保健指導プロジェクトを始動しました。
波多野あき子(保健師)
インドでは、5歳未満の子どもが毎年183万人亡 くなっています。そのうちの40%が、出産後数週間で亡くなります。また、1年間に7万人もの妊産婦が亡 くなっているのです。このことを知り、何かに背中を押される ようにブッダガヤへ飛びました。
このプロジェクトのコンセプトは「医療を提供するのではなく、保健教育によってインドの人々が、自分たちの力で健康状態 を上げ、子どもたちが無事に人生を生きるができる環境をつくれるよう支援する」ことです。
スーリ ヤ校の女性教師たちは、生徒や村の健康に関 して強い問題意識をもち、現状を語ってくれました。「村でのお産の55%が、何らかの問題があるお産で す」「村では、病院や専門家のもとでお産をする人は皆無で、無資格の産婆さんの手伝いで自宅で産みます」10代で結婚さ せられ、流産を繰り返す女性や、頻 回の妊娠出産で体を壊している女性も多いこと、栄養という概念や知識が乏しいこと、衛生習慣の問題(皿を砂で洗うなど) もあること、などがわかりました。
受診しないのは、経済的な問題だけではなく、健康 に問題があると気付いていないことが大きく、意識変革が必要だと感じました。
ここで、日本の信者さんたちからの寄付で購入した乳児用体重計・血圧計・性教育用の教材などをお渡しし、体重測定の練習 と、血圧測定の練習、教材のデモン ストレーションをしました。女性たちが健康についての問題意識を持つと、子どもたちが健康に育つようになります。女性は 家族の健康の要です。
その後、村に行って、200人の母親たちを対象に健康教育をしました。最前列に並んで座っている女性たちは、どう見ても 10代です。こんな若い母親が・・・まるで娘を見るかのような気持ちで、いとおしさが湧いてきます。
乳児体重計を見せ、赤ちゃんの体重が増えているか を知ると、元気に育っているかどうかを知ることができること。もし体重が増えていなかったら、何が原因か、どうしたらい いのかを一緒に考えたいと伝えました。
それから、おなかの中で育つ胎児の絵を見せました。お母さんがあまり栄養をと れないと、「おなかがすいた」と言っているかもしれない、 「まだお腹にいたいよ」と言っているかもしれない、と、妊娠中の母親の健康が、赤ちゃんに影響していることをまずイメージしてもらえるような話をしまし た。
みなさんとても熱心に聞いておられました。
その後、赤ちゃんの家へ訪問しました。赤ちゃんは、10月22日生まれのプリンスちゃん(男の子)です。生後41日目の 訪問です。とてもいい母乳が出ていたので、よく体重も増え、健康に育っていました。とてもいい赤ちゃんでした。
右の写真は、赤ちゃんの家です。
家庭訪問で問題意識をもったことは、
1.住環境(日当たりと風通しについて)
2.衛生面での習慣(皿を砂で洗うなどの改善)
3.水の管理について
4.食習慣と栄養状態(母親も子どもも)
5.妊娠出産の記録がないこと(母子健康手帳)
6.衣類について(肌着など、汗を吸う素材のもの)
子どもたちが健康に育つために必要なのは、やはり教育なのだと思います。まず健康・衛生・栄養などについての知識を持 ち、問題意識を持ち、共に考えるこ と。母子健康手帳などに記録をすることで、意識を高めていくこと。その後、具体的にミルクの提供や医療支援が役立ってく るのだと思います。
健康づくりの核になれるインドの若い女性を日本に呼び寄せて、医療教育を授け、その人が地元で核となって村づくりをす る・・・そんなシステムを作り、成功させられたら、世界中の貧しい国にも適応できるだろうと思います。
健康を世界中に届けたいと願っています。